この記事では、モデルでご活躍されている鈴木えみさんについてご紹介しています。
鈴木えみさんが、中国人ハーフということやデザイナーとしてもご活躍されていることをご存知ですか?
今回は、鈴木えみさんが中国に住んでいた時の話やデザイナーとして活動するまでについてご紹介していきます。
鈴木えみは中国人ハーフ?
それでは、鈴木えみさんが中国人ハーフだったということについてご紹介していきます。
えみさんは、中国・上海生まれで小学校まで中国で過ごされました。
ご両親のことについてリサーチしてみますと、父親が中国人で母親が中国と日本(京都)のハーフという情報がありました。
しかし、えみさん自身ははっきりとご両親の出身についてこれまで語られていないようで、確かな情報は得られませんでした。
中学生の頃にご両親の仕事の都合で日本に来日したため、その後は京都で過ごされます。
えみさんが幼い頃からご両親は仕事の関係で日本に来ることがあったそうで、祖母に中国で育ててもらったと語られています。
祖母と暮らしていた時の様子をこう語られています。
一緒に暮らしていたおばあちゃんとは仲が良くて、子供ながらに心配をかけないようにしなきゃって思っていたし、色んな感情を感じないようにした方がラクだから、あえて自分の気持ちに気付かないふりをしたり。どこかで大人っぽくいようとしてた気がする。
引用元:集英社 MAQUIA
祖母とは仲が良かった一方、お仕事の都合とはいえ両親と会えない寂しさがあるように感じますね。
それから、2023年4月の自身のインスタグラムでは、中国在住のいとこと9年ぶりに会ったことを報告されています。
えみさんは現在、中国語はあまり使われていないようで中国出身のモデル仲間に中国語を通訳してもいながら会ったとのことです。
久しぶりのいとことの再会を受けて「中国語の勉強をし直そうと思った」とおっしゃっていますので、えみさんが中国語を話されている姿も見てみたいですね。
次に、鈴木えみさんが日本に来日した時のことをご紹介していきます。
鈴木えみの日本での生活
続いて、鈴木えみさんが日本へ来日した後のことをご紹介します。
えみさんの出身中学は、京都市立藤森中学校で14歳の時にファッション雑誌「SEVENTEEN」のオーディションを受けられ見事合格し、モデルデビューを果たします。
もともとモデル志望ということではなく、オーディションに友達がノリで応募したそうですよ♪
14歳から21歳まで「SEVENTEEN」の専属モデルを務められ、「えみちぃ」と親しまれて爆発的な人気を誇りました。
中学生でモデルデビューをした当初は、不安はあまりなく遊びの延長に仕事があったと語られています。
そこから表紙を30回も飾る大人気モデルになられたのはすごいですね!
モデル業と並行して、女優としてテレビで活動もされていました。
ご出演されたテレビドラマ作品はこちら。
- 2001年 テレビ朝日「反乱のボヤージュ」薩川あゆみ 役
- 2002年 フジテレビ「ロング・ラブレター~漂流教室~」我猛翠 役
- 2002年 フジテレビ「ランチの女王」優美 役
- 2004年 フジテレビ「ウォーターボーイズ2」北川梢役
- 2006年 フジテレビ「ナニワ金融道第6話」小宮小枝 役
- 2006年 日本テレビ 「ギャルサー」レミ役
- 2006年 TBS「嫌われ松子の一生」川尻明日香役
- 2007年 日本テレビ「有閑倶楽部」黄桜可憐役
- 2008年 TBS「猟奇的な彼女」如月春夏 役
えみさんがウォーターボーイズ2に出演していた時の姿がこちら。
ただウォーターボーイズ2の時は石原さとみちゃんではなく鈴木えみちゃんが演じる梢ちゃん派でした pic.twitter.com/rc7glT7Hfu
— ログ垢 (@hakoonichan1) October 1, 2020
この当時は19歳で、初々しさと可愛らしさが印象的な高校生役でしたね。
それから、翌年2005年にはケツメイシの「さくら」のPVにご出演されています。
ケツメイシの「さくら」といえば、えみちぃを思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ケツメイシの「さくら」に出演されていた時は20歳でした。
女優としても活躍していくのかと思っていた矢先、2008年以降は演技のお仕事はされていません。
女優業をされていない理由ははっきりとわかりませんでしたが、同じ事務所に所属していた後輩の北川景子さんに女優業で追い抜かれてしまったことや、えみさんの男性スキャンダルを受けて露出が減ってしまったとの噂がありました。
女優としての姿も見たかったなという気持ちもありますね。
次に、鈴木えみさんがデザイナーへ転身していた理由についてご紹介していきます。
鈴木えみがデザイナーへ転身した理由
続いて、鈴木えみさんがデザイナーへ転身していたことについてご紹介します。
えみさんは、2017年に自身のブランド「Lautashi(ラウタシー)」を立ち上げました。
デザイナーに転身した理由としては、2013年の28歳の時に結婚・出産をしたことで仕事との向き合い方を改めて考えてみたとインタビューで語っています。
結婚・出産は女性にとってやはり大きなイベントですよね!
Lautashi(ラウタシー)というブランド名の由来は、枕草子に出てくる「らうたし」(かわいらしい、いとおしいという意味)から取り、和の要素を取り入れたかったとおっしゃっていました。
Lautashiは自分の力でどれだけやれるのか試したかったそうで、100%えみさんの自己資金でやっているとのことでした。
20代半ばの頃から、「いつかは自分のブランドを立ち上げて、洋服を作りたい」という考えが何となくあったそうです。
しかし服飾専門学校などに通っておらず、生産背景や洋服づくりの過程に一切触れてこなかったため、一から始める状態でしたが友人デザイナーのアドバイスももらいながら少しずつ知識を身につけていき、今があると語られていました。
Lautashiの2019年春夏コレクションの登場した鈴木えみさんがこちらです。
えみさんは今後について、需要がある限りモデルは続けたいとおっしゃっていますので「モデルとデザイナー」のお仕事にさらに邁進されていくことと思います。
10歳のお子さんもいらっしゃいますので、バリバリ働きながら子育てをされている姿は同じ女性として憧れますね。
これからも鈴木えみさんのご活躍を楽しみにしたいと思います。